「今日はやることないよ」と言われた日。訪問介護で見つけた“作業”以外の価値と関わりのヒントが
訪問介護の仕事では、ご利用者様のその日の体調や気分によって、行うべきサービス内容が柔軟に変わることがあります。毎回ケアプランにそってサービスを行いますが、当日利用者に合わせてケアプランから外れない程度に対応していく事もあります。
でも今日は、少しだけ想定外の訪問となりました。
訪問時間をうっかり忘れていらっしゃったご利用者様。ドアを開けてくださった時の、「あ、今日だったっけ?」と少し驚いたような、でもどこか照れ笑いのような表情が、なんだか印象的でした。
「やることない」と言われた日だからこそ見えた、その方らしさ
「今日は特にやってほしいこと、ないんだよね」
そう言われたので、いつものように軽くお部屋の掃除と整理を済ませてみましたが、通常行う生活援助サービスに比べると、時間に余裕がありました。普段であれば「何かできることは…」と探してしまうところですが、この日は少し、ゆったりとした空気が流れていました。
少し落ち着いた頃、何気なく 「最近何か楽しいことありましたか?」 と声をかけてみました。
すると、ご利用者様の表情が一瞬でパッと明るくなったんです。まるで“待ってました!”と言わんばかりに、少し身を乗り出すように、まっすぐな目でこちらを見ながらこう言われました。
「僕はね、絵が好きなんだよ」
その言葉と共に、奥の部屋から大切な作品を何枚も持ってきてくれて、一つひとつに込められた想いや、描いた時のエピソードを、それはもう生き生きと説明してくださいました。作品を前に話すご自身の趣味について語るその姿は、普段の様子とはまた違い、輝いて見えました。つられて私も、一緒になって笑顔に。
「今日は特にやることがない日」だったはずなのに、予定していた“作業”とは全く異なる、心に残るあたたかい時間がそこにありました。
【介護の視点】「作業」だけではない訪問介護の価値 – コミュニケーションの重要性
今回の訪問のように、サービス内容が少ない日や、ご利用者様が「特に頼みたいことはない」とおっしゃる日もたまにあります。しかし、このような日こそ、普段の業務的なやり取りの中では見えにくい、ご利用者様の「その方らしさ」や「本当に大切にしていること」に触れるチャンスでもあります。
今回、私が「最近何か楽しいことありましたか?」と声をかけたことから、ご利用者様の絵という素晴らしい趣味と、それに情熱を注ぐ生き生きとした一面を知ることができました。これは、単なる作業では決して得られない、介護という仕事の深い価値を示しています。
介護におけるコミュニケーションは、情報を伝えたり確認したりするためだけの手段ではありません。
- ご利用者様の精神的な安定と活力に繋がる: 好きなことや興味のあることについて話す機会は、ご利用者様の心を満たし、生きがいを感じさせてくれます。不安や孤独感を和らげる効果も期待できます。
- 信頼関係の構築: 業務以外の個人的な会話を通して、ご利用者様との信頼関係をより深く築くことができます。
- 潜在的なニーズの発見: 何気ない会話の中から、ご本人が言葉にできていない悩みや、隠れたニーズに気づくことがあります。
- エンパワメント: ご自身の得意なことや好きなことについて語ることは、ご利用者様の自信に繋がり、主体性を引き出すこと(エンパワメント)に繋がります。
「やることがない日」は、「何をしよう?」と困る日ではなく、「ご利用者様のことをもっと知るチャンスだ!」と捉え直すことができます。
【実践ヒント】会話から利用者さんの“いきいき”を引き出すコツ
では、どのようにすれば、会話からご利用者様の「いきいき」を引き出し、心に残る時間にできるのでしょうか?
- 「今日は何か楽しいことありましたか?」「最近興味のあることは?」など、ポジティブな質問から始めてみる: 日常の些細なことから、会話の糸口が見つかることがあります。
- 傾聴の姿勢を大切に: ご利用者様がお話しされている時は、相槌を打ったり、目を見てうなずいたりと、しっかりと「聞いていますよ」という姿勢を示しましょう。途中で口を挟まず、最後まで話を聞くことが重要です。
- 興味を示す: 知らない分野の話でも、「へえ、そうなんですね!」「もう少し詳しく教えていただけますか?」など、純粋な興味を持って尋ねてみましょう。あなたの興味が、相手の話したい気持ちを引き出します。
- 過去の楽しかった経験を尋ねてみる: 今の趣味だけでなく、若い頃に好きだったこと、熱中していたことなどを尋ねてみるのも、その方の人生を知る素晴らしい機会になります。
- 「作業」の手を少し休める時間を作る: 忙しい業務の中でも、数分でも良いので、ご利用者様と目を合わせて、じっくり話を聞く時間を作る意識を持つことも大切です。
今回の訪問で、私は業務的なことはほとんどしませんでしたが、ご利用者様が心から楽しそうに絵について話す姿を見られたことで、介護という仕事の深い部分に触れられたような気がしました。単なる作業ではない、「話をすること」「話を聞くこと」が持つ、心をゆるめ、元気にする力。それは、聞いている私もあたたかい気持ちになる、かけがえのない時間でした。
介護職へのエール:あなたの“聞く力”が利用者さんの力になる
介護の仕事は、身体介護や生活援助といった具体的な作業スキルはもちろん大切ですが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に「人との関わり」が重要になります。
もし、これから介護の仕事に興味を持たれている方がいたら、ぜひ伝えたいことがあります。
「特別な介護技術や知識がなくても大丈夫だよ」と。
もちろん専門知識は後から学ぶことができますし、技術は経験と共に身についていきます。ですが、それよりも大切なのは、あなたの持っている「人の話を丁寧に聞く力」や、相手にそっと「寄り添うやさしさ」です。
今回の私の経験のように、やることが少ない日でも、話しかけてみることで、ご利用者様の今まで知らなかった素晴らしい一面に出会えたり、会話を通してその方を笑顔にしたりすることができます。
介護の現場には、作業として定められていないけれど、あなたの“話を聞く力”や“そばにいるやさしさ”だからこそ生まれる、目に見えない、しかしご利用者様にとってかけがえのない“力”があるんです。
それは、きっと誰かの心に光を灯し、その方の生きる力に繋がるはずです。
今日の訪問で、私は改めてそのことを強く感じました。「今日は特にやることない日」だったはずなのに、私自身の心にも深く残る、あたたかい時間でした。
【免責事項】
この記事は、介護の現場での経験や一般的な情報に基づいて作成されています。医学的な診断や特定の症状の治療を目的としたものではありません。
記事中に記載されている体調や症状に関する情報は、あくまで一般的な知識として参考にしてください。個別の症状や体調不良については、必ず医師や専門家にご相談ください。
記事の内容によって生じたいかなる損害についても、当ブログでは責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。
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